会長法話

有本 亮啓 前会長 第1話

月影のいたらぬ里はなけれども ながむる人の心にぞすむ(法然上人)

 月影とは月の光、すなわち阿弥陀さまのお慈悲のみ光です。このみ光は一切の人々を照らして下さるが、その光をながめなければ、気付けないのです。阿弥陀さまはすべての人をお救い下さるが、お救いを喜ばず、お慈悲に背をむける人は如何(いかん)とも出来ないのです。

 親は常に子を守り、救いたいとの願いを掛けて下さっている。その願いに気付き、親を頼れば、親子は一つに成れるのです。阿弥陀さまと私達は親と子との関係とも云えるのです。 さてこれから、明日嫁いでゆくマサ子さんという娘さんとお父さんのお話を致しましょう。
 マサ子さんは嫁ぐ前夜にお父さんに云いました。
「お父さん、わたし明日お嫁にゆきますが、最後に親孝行がしたいの、何か出来ることが有れば、何でも云って頂戴」
 するとお父さんが、「それじゃ今ここでお前を背負わせてくれ、それが私の願いじゃ、なあマサ子、お前が子供の頃、お前を背負って、祭りや遊園地に一緒に行ったなー、そして『お父ちゃんあれ買って』と私に甘えてくれたなー、お父さんは、あの頃が一番しあわせやった、あの頃の幸せを今いちど思い出したいのだ」と仰ってマサ子さんを背負い、ゆっくりと歩きました。
 そして「マサ子、嫁に行ったら、色々つらいこと、苦しいことがあるだろう、そんな時『お父ちゃん』と私に甘えてくれ、必ず私はお前の味方をする。必ずお前を救う。だから何時(いつ)でも私を頼ってくれ」とお父さんが仰ると、マサ子さんは感極まって、「お父ちゃん」とお父さんの背中に被(かぶ)さったということです。

 阿弥陀さまは「わが名を呼べ、必ず救う」とお誓い下さり、「どうか私に甘えてくれ」と願いを掛けて下さっている。その誓願に答えて、お念仏をお称えすれば、必ず極楽へお救い下さるのです。

  南無阿弥陀仏

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