今月の法話

令和4年6月

あるおばぁちゃんとの会話から

「おっさん、最近つくづく思うんですが、もう生きてるのがしんどいですわ。もうこの年になるまで(90歳)生きてきましたが、最近は体調がすぐれず毎日のように病院通いで、近所の老人会の奉仕活動も出られません。世の中のなんのお役にも立ってない。こんな私が生きてる価値がおますんやろか?毎日、お仏壇の前でお勤めして、お念仏して、おじいさんやご先祖さまに早よ迎えにきて!と頼んでます」

「そうですか、お気持ちはお察し致します。そうですね、頂いたみ命ですからね。直接には父母から頂いたみ命。それは阿弥陀様が結んで頂いたご縁で頂かれたみ命です。その頂かれたみ命を全うすることに価値があるのではないでしょうか。

出来ないことを嘆くより、これも自分一人で出来る、あれも出来る。と、自分に今出来る事に焦点を向けると今を大切に生きられるのではないでしょうか。この世に生かされていることに感謝し、人々のやさしさや思いやりに触れて温かい気持ちになる、そして今、自分に出来ることを精一杯する。これが大事なのではないでしょうか。そのような生き様をお示しになって頂きたい、と思います。」

 法然上人は、「受けがたき人身を受けて、逢いがたき念仏往生の法門に逢いたり」と仰っています。得難きみ命を頂かれたのですから、これからは念仏往生を目指して、日々の生活の中に感謝と思いやりの心でご生活頂きたいものです。

兵庫 常楽寺
浦上博隆

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