今月の法話
令和6年12月
開宗の悦び
開宗850年の慶祝の年、華頂の山も装いから眠る季節となった。
先日76歳で亡くなった名俳優の西田敏行さん。映画『植村直巳物語』では死を覚悟するほどの過酷な自然の中で五大陸ロケを敢行し見事に主人公を演じた。
その冒険家植村直巳さんは、世界初五大陸最高峰登頂等、輝かしい実績を残したが、マッキンリー冬期単独登頂を果たした後、下山途中に消息不明となった。43歳。この年齢で事故に遭う登山家は多いという。それは気持ちと体力のズレが起こる頃であり、やり遂げたいという理想、可能だという自信と、明らかに衰えている体力とのギャップが危険に繋がるらしい。
元祖様は比叡山において、万人の救われる教えを求めても求めても得られない悩み、苦しみの日々を送られた。「悲しきかな、悲しきかな。いかがせん、いかがせん。」と嘆かれた苦悩の中、いつしか御年43歳となられ、このまま空しく命終えていく不安、再び六道輪廻の迷いの世界へ赴く恐れ、いかばかりであられたことか。
蓋し『もしもピアノがひけたなら』の歌詞の如く、阿弥陀様の極楽浄土をどんなに想い焦がれても、自ら往生していく器量も、願いを伝える術もないという嘆きの中で、承安五年春、善導大師の「順彼仏願故」の御文に導かれ、阿弥陀様の方から迎え摂って下さる称名念仏を会得された時のお悦びはどれほどのものであったことだろう。
とめどもなく流された涙に想いを馳せつつ、ただ申す 南無阿弥陀仏の 年の暮れ
福岡 浄土寺
松尾善樹