今月の法話
秋の虫の音が心地よく聞こえ、月夜の美しい季節となりました。
暑い夏が終わり、全ての大自然のあらゆるものがゆったりと流れていく、日々紅葉していく大自然の木々は私たちに、すべてのものは移り変わって行くのだよと、やがてこの美しい紅葉の葉も枯れて散って風に吹かれていく、諸行無常の真理を私たちに語っているのです。
静かに自分自身を見つめることが出来る秋、私たち人間はあらゆる命を育む恵みをいただき、阿弥陀仏の無量寿、無量光により、自分の力で生きているのではなく、生かされている事実に目覚めることができる時ではないでしょうか。
法然上人は、
月影のいたらぬ里はなけれども ながむる人の心にぞすむ
とお歌いになっていらっしゃいます。
月の光があらゆるものを照らしているように、私たちが阿弥陀仏の無量寿、無量光によって生かされていることに気付こうと、気付かなかろうと阿弥陀様の慈悲の光はいつも私たちにさしのべられているのです。
どうぞ、そのことに気づいてくださいと大自然のあらゆる命を育むものが私たちに向かって叫び続けているのです。
空気も水も大地も太陽も、どれひとつとってもかけがえのないものばかりです。
どれも人間が作り出す事が出来ないものばかりです。
それを、私たちはあたり前のように思っている、それは人間の思い上がりではないでしょうか、時は流れ姿を変えていきます。
私たちの人生も流れ変化していきます。
過ぎ去るのはあっという間です。人生は思い通りにはなりません人間の力は小さく、愚かであること、このような私があらゆる大地の恵みをいただいて生かさせ頂いている、まことにありがたいことであります。
秋の夜長に月を眺め大自然に触れ、お念仏をお唱えし、時の流れを感じ、実りある人生をしっかりとあゆみたいものです。
尾張 善光寺
幸島正導