会長法話
近代文明社会①
わが国における近代文明の出発は、「明治の元号の世へ新しく維ぐ」から始まりました。まず、「国を富ませて兵を強く」と、「業を興して産を殖やす」ことにありました。この方向性は「列強国家の植民地政策」を手本とし最終的には「大東亜共栄圏の樹立」をめざす事となりました。そのために急務であったのが、「臣民教育の徹底」でした。
如何程に正当化したとしても、「三宝を篤く敬いそれに依る」佛法からは考えられない、国家権力による多民族への支配という異なった次元の政策でした。僧侶の一部には承認できない国策であることを感じていたのですが、ほとんどの人は全く国策を見抜き判断する情報も手立てもなく、結果的には昭和廿年まで一切の言葉なき追従の77年間でした。その間の周辺国家への侵略とその国内の惨めな戦いによる死亡者数は、史上の創造を絶する殺戮となって表れたことでした。そして、その後の60数年も、わが国の建国の過程とその傷跡を振り返ることなく、その真髄の象徴である「靖国神社」への参拝があとを絶たず敬称される方向を探りながら、今に至っています。
佛教とは、「心身ともに清浄をめざる生き方」でる、篤く「三宝帰依」に心を宿し、帰依せずにおれない人と成ることであります。如何程に現実から離れていたとしても、「十方の証誠諸佛よ、六神通をもって私を照鑑したまえ。今釈尊阿弥陀の二尊の教えに従って、広く淨土の文を開かんこと」の真実の道を歩む淨土宗の僧侶でありたいことですし、また、僧侶共々にそれを信奉する人々の集まりであってほしいと願うものです。
さて、近代文明社会が開いてきたその基盤に「科学は真実である」との指向が存在します。そして、人々は近代科学により創造開発された近代文明により、真の幸福・バラ色の未来のあることを信じてきました。
医学の進歩により、無病・健康・長寿の社会が実現すると期待し、学問の進歩により、ゆとりある充実の日々が展開されるであろうと願ってきました。さまざまな分野の進展により、人々の知性は増し、徳性は高まり、教養と倫理性の高い世となり、経済の安定により豊かさが実感され、人の叡知が結集されて政治の連携が保たれ、真の世界平和が実現するであろうと信じ、期待してきました。
特に元号が改められ、令和に入る以前の報道に、古典の貴族の宴席の開設にはじまり、今までにかつて築いたことのない世の出現が報道されていました。しかし、そこに現れてきたものは、はたして予想された平和と繁栄・豊かさと幸福感・充実と生き甲斐のある桃源郷だったでしょうか。
年間の報告数によれば、非労働沈香4,437万人・不登校児童生徒数299,048人(原因の49%が無気力傾向)自殺者数24,025人・若者(16~29歳)の自殺者数3,033人(先進7か国で最低の数値)
巨額の投資(国債額の増加)による国防費の増額とそれに伴う平和への見通しのなさ、教育の充実と研究費増額に対して諸問題の状況、完備された医療施設に対しての癌の多発と慢性退行性疾患、過疎と過密・少子化と高齢化・デジタル化と情報の氾濫等の現象を、どのように考え見通していくのか。
大きな課題に対して、近代文明社会の機能はいかがせん!いかにせん!
近代文明の進展に見る現代課題にどのように立ち向かえばよいのでしょうか。未来が見通されていない一時的な対応の数々。便利さ快適さ安全性のみを求めて、真の課題解決には至らないありさま。そしてそれに気づくことのない現状ではないでしょうか。
静かに現状を見つめたならば、直感的に無意識・無批判に容認してきた大前提があります。
戦前の国家体制への反省と認識が不徹底なままに、戦後の建国が始められたことでした。国際的に見て歴史認識の差異にはじまり、原子力開発・核兵器への意思表示と外交、さらに、わが国の政策とその推進は、憲法に順じたものであるのか。避けて通れない課題が山積みになったまま、今日を迎えています。
静かに佛の前で懴悔する、その謙虚さが進むべき道を開示してくださることを・・・