会長法話

勝部 正雄 会長 第18話

我が機すべて及び難し

 法然上人の求道について、数回にわたり綴ってきました。
 回を重ねるごとに求道の内容が焦点化されていることを知ることができました。
 上人の行状を見ますと30代に入り、大きく変化していることが伺えます。求道の課題が明確となり、さらに教義を主体的に実践する道を求められておられます。
 それについて、梶村昇編『法然上人行実』『百因縁集』に
「然而御年卅三永万元年 
 歳始入往生浄土教門」 と示されてあり、
それによりますと・・・
「33歳・往生浄土の教門に入る。」とあります。

その経緯について、的確に述懐されていると思う内容は、後の浄土宗第二祖・聖光房弁長上人により伝えられてきた一文・『法然上人行状絵図第6巻』『元祖大師御法語前篇第二・立教開宗』ではないでしょうか。
この御言葉は「法然上人佛教の基点」と言える御法語で、それを基調として「往生浄土の教門」に入るまでの経緯をまとめたいと思います。
➀或る時、上人仰せられて曰く「出離の志深かりし間、諸の教法を信じて、諸の行業を修す。」
簡潔に記されているだけですが、求道の基礎が培われた十年を語っておられると思います。
 上人15歳、母と別れ比叡へ登山し持宝房源光に就かれました。
 次いで、その冬に功徳院阿闍梨皇円のもとで剃髪出家し戒壇院にて大乗戒を受け、その後、円頓戒の正統を継がれた師の叡空上人より授戒を受けられ、戒体発得されています。
 16歳より厳しい天台教学を修得されました。
 しかし、その3カ年の修学において、納得できない一面に気づかれたのでしょう。
 18歳の隠遁の決意はそれによるものであり、慈眼房叡空のもとへ入室しています。そこで「法然房源空」の名を拝受されました。

 皇円のもとで3カ年、天台教学を修得し、知的な理解は叶えられたのでしょうが、その学問だけでは満たされない仰信的佛法への欲求があったのではないでしょうか。
 そして、その体解会得こそが佛法の生命であると確信され、隠遁されたのでした。
 それより後は、主体的で体験的な佛法を求道され、自らの救いの道を求められました。
 それより、数年後の24歳の時に下山し、嵯峨の釈迦堂へ参籠された時、予想外の場面に遭遇されたのでした。
 それは、無知無学な大衆の苦悩であり、その悲嘆は忘れられない自覚と契機となったのではないでしょうか。
 その後、碩学を訪問されています。しかし、それぞれの師は自らの解脱に専念されていますが、上人自身が求められようとされた課題と民衆の救いなどには関心が薄いようでした。
 上人は、自己の救済とともに「僧侶のように厳しい修行ができない条件下で生活の窮乏にあえいでいる愚鈍なる民衆こそが、ひとり残らず救われる道を見出さねばならない」とますます願われたのでしょう。
 源信僧都の『往生要集』に念佛の教えは説かれているが、果たして、それは自己自身はじめ民衆の生命に相応した教えなのか。

 確信が得られないまゝの日々を重ねられたのでした。
 この時期を回想されたと思われる言葉が『十六問記』に記されています。
 「有時上人、子に語りての給はく、法相三論天台華厳真言佛心の諸大乗の宗、遍学し悉く明るに入門は異なりといへども、皆佛性の一理を悟顕ことを明す。所詮は一致なり。法は深妙なりといへども我が機すべて及び難し。経典を被覧するに其智最愚なり。行法を修得するに其心ひるがえしてくらし。朝々に定めて悪趣に沈んことを恐怖す、夕々に出離の縁のかけたることを悲嘆す。忙々たる恨には渡るに船を失がごとし。朦々たる憂には闇に道に迷がごとし。歎ながら如来の教法を習。悲ながら人師の解釈を学、黒谷の報恩蔵に入て、一切経を被見すること既に五遍に及ぬ。然れども猶いまだ出離の要法を悟得ず。」
 佛の前にひれ伏され、如来の光を受け、深く自己を凝視されている御姿。実に厳しい信機の言葉であります。
 「法は深妙なりといへども我が機すべて及び難し」と・・・
②「およそ佛教多しといへども、所詮、戒定慧の三学をば過ぎず。いわゆる小乗の戒定慧、大乗の戒定慧、顕教の戒定慧、密教の戒定慧なり」
 三学については、他の師や上人等も語っておられるようですが、法然上人はそれらの師とは異なっています。自身がすべての経典を熟読され、それぞれの教えに三学があると解き明かされたのでした。
 そして、その三学こそが出離の道であることを見通されています。ここに、釈尊が説かれた教えのすべての意味と、出離・解脱の見通しを確実に会得されたのでした。
 その結果、「尸羅清浄ならざれば三昧現前せず」との一文を著わされたのでした。
 戒律を厳守し清浄であれば、自ずから禅定は整い、佛の智慧・慈悲が現れてくる。ところが
③「然るに我がこの身は、戒行において一戒をも持たず、禅定において一つもこれを得ず」と、三学非器の自覚に至られたのでした。
 この絶対的否定こそが、我が救済される門の端緒であることを、肝に銘ずべきであります。
 「自己の悟性の能力に自己満足し、安心し、自信をもつことが、真理の認識に対しては、むしろ「否定」的に働く作用であることを自覚することが、まさに信機なのである。」

(西川知雄著の一節)

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