会長法話
静かに佛法を修学せんために
比叡山に上がられた勢至は、西塔の持宝房源光のもとに入り、二年後、当時、最高学府である比叡山での第一者である東塔西谷功徳院の阿闍梨皇円の許に入室されました。そこで大乗戒を受けられ、念願の出家を果たされたのです。その後、お願いされ「今は隠遁(いんとん)して草深い山中に逃れたい」ことを師の阿闍梨皇円に申されました。それは、「名利の望みを止めて、静かに佛法を修学せんため」にとのお心からでした。 世間一般では、名を上げ社会的に高い地位に着くことや利益に叶う道を求めるのが通例でありますが、それとは異なり、一途に仏陀の教えに従った生き方を求めようと願っておられたのでした。驚くべきことは、「菩提を求める」とはどの世界にあるのかを明確に認識されていたことです。
それは、名利を求める対象に関わる世界ではなく、それを超えた「佛の智慧により開かれた真実・真理の世界を求める」ことを、勢至は深く認識され、その道を邁進されていたのでした。
勢至は阿闍梨皇円の勧めを受け、専門的な天台の三大部である、『法華玄義(ほっけげんぎ)』『法華文句(ほっけもんぐ)』『摩訶止観(まかしかん)』の数十巻を習得されたのでした。
現代の私たちはどうでしょうか。私自身を忘れ、求める対象に没頭し、常に名利を求めることばかりに暴走しているのではないでしょうか。人間智を超えたところにこの私たちが救われる道があることを示し教えてくださっているにも関わらず、「師の教示」をも心に留めることなく、仏教外の相対世界の中で記号化された言葉のみを頼りに迷ってはいないでしょうか。その歩みの中で、「仏教の世間化があれど、世間の仏教化は困難な状況」に陥って行くのではないでしょうか。法然上人は青年のころ。勢至15~6歳にして、足踏み外すことのない佛智に至る確かな道を歩まれました。
そのような上人には、わが子に厳しく・真実の優しさを内に秘められ、諭された先達がおられました。
それは、勢至の時代より190年ほど前。大和の国にお生まれになられた「源信・恵心僧都」です。源信僧都は幼くして比叡の山に登り、天台の学問・修行を修められました。そして、15歳の青年にして、時の皇族方に招かれ法華八講を講義され、名誉なことに捧げ物(さげもの)を頂戴されたと言われています。僧都は、皇族からの御礼を喜ぶであろうと母に送り届けました。しかし、それに対する母からの返事は以下のようなものでした。
『小学館・日本古典文学全集・今昔物語・校注訳・馬淵和夫他』より
〔本文・遺(おこ)せ給へる物共は喜て給はりぬ。此(か)く止事無(やんごとな)き学生(がくしょう)に成り給へるは、無限(かぎりな)く喜び申す〕〈以下拙訳・頂かれた品物をはじめ、地位や名誉を得ておられるのには、お喜び申し上げます〉
〔但し、此様(かよう〕の御八講に参りなどして行(あり)き給ふは、法師に成い聞えし本意に非ず。其(そこ)には微妙(めでた)く被思(おぼさる)らめども、嫗(おうな)の心には違(たが)ひにたり)
〈しかし、法華八講を担当し、あなたは光栄に思いその講義に喜んでいるようでは、私が法師に成ってほしいと願っている初志では全くありません。それらは母の願いに反したものです〉
〔嫗の思ひし事は(略)、「比叡の山に上(のぼせ)ければ、学問して身の才吉(ざいよ)く有て、多武峰の聖人(とおのみねの増賀上人)の様に貴くて、嫗の後世も救ひ給へ」と思うひし也。其れに、此く名僧にて花やかに行(あり)き給はむは、本意に違ふ事也。我れ、年老ひぬ。「生たらむ程に、聖人にして御(おわ)せむを、心安く見置て死なばや」とこそ思ひしか、と書たり〕
〈母があなたを比叡の山へ上らせた強い願いは、学問・修行に努め才智を身につけ多武峰の聖人のような貴い僧に成り、佛法の真理を明かす法師に成る道を一途に求め、母の後世を救ってもらいたいと思っていたのです。それにも関わらず、世に名を上げはなやかにあちらこちらへと顔を出さるのは、私の本意に違った姿です。私も年を老いて、生きているうちにあなたが聖人に成るのを一目見てのち、心やすらかにこの世を終えたいと思っていたのです〉
その便りを眼にされ、源信は涙しながら早速に返事を出しています。「私には名僧になろうとは思っていません。ただ、このようなことがあったと報告させていただきました。ことのほか、母君の言葉には心底嬉しく感謝しております。お便りの通り、善き聖人をめざして精進致す覚悟です」との趣旨を記しています。
それに対して母が答えていわく、〔返ゞ(かえすがえ)す嬉しく思ひ聞(きこ)ゆ。努ゝ(ゆめゆ)め愚(おろか)に不可御(おわすべから)ず〕(出典・上記に同じ)
それから六年後…源信は母に会いたく帰郷したい旨の手紙を出しています。再度、子から贈られた便りに返された手紙には・・・親子共々にお会いしたいからと言って遇ったところで、今生の煩悩・苦悩・罪などが消え去るわけでもありますまい。それよりも、なお一層にあなたが求道に専念していると聞く方が一番に嬉しいです。よって、母から申し出さない限り、帰郷することのないように・・・」とありました。
この母の真の優しさを秘められた厳しさが、青年源信の求道と精進を進めさせたのではないでしょうか。この青年・源信の真の親孝行な御心意気も、母と同等に恐れを成すことであります。
このお二方の心意気を、母亡き勢至が自らのいのちに秘められておられたことに驚きます。
この原点に立脚することは、とても私たちにはできません。至難の技であります。しかし、大切なことは、例えできずとも、拙い生き方であったとしても、少しでもその方向を常に求め、努めない限り、佛の智慧に従った生き方は現れて来ないのではないでしょうか。せめて、そのようにありたいと願うものです。
合掌