今月の法話

令和8年10月

倶会一処

毎月、奥様のご命日にお参りに伺うお宅があります。「おはようございます。お邪魔します!」玄関を上がりお仏壇の前へ進みますと、いつもラジオが流れています。

先立たれた奥様は、朝になるとラジオをつけて過ごされていたそうです。「朝起きたらつけてあげんねん。家内、ラジオ聞いとると思うねん」そう言って、ご主人は今も毎朝お仏壇に向けてラジオを流していらっしゃいます。

ラジオには少し脇へ移っていただき、選手交代。今度は私とご主人と息子さん、三人のお経とお念仏がお部屋に響きます。「いつも念仏だけは称えてますねん」と、ある時ご主人の言葉を聞き、有り難いなぁと思いました。

亡き人を想うと「もっとこうしてあげたらよかった」「もう一度会えたらなあ」と、様々な思いが浮かびます。そんな時、私達にはお念仏があります。ただ思い出すだけではありません。お念仏のご縁があれば先立たれたお方も、私達も命終える時は阿弥陀様のお浄土へとまいります。別れたその先に、また会うことのできる世界がある。

ご主人は今朝も奥様のためにラジオをつけておられることでしょう。そしてお仏壇の前で「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」とお念仏を称えておられる。その声に奥様もきっと喜んでくださっていられるでしょう。

亡き人を想う、その心の行き先に再会できるお浄土があります。ご縁のあったお方とまた会わせていただけることを楽しみに、私達もお念仏を申してまいりましょう。

奈良 浄土寺
藤田宏至

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