今月の法話
同唱十念
数年前、知恩院御門跡猊下(当時御年卆寿前後)がお話の中によく引用された和歌がありました。
それは「坂三里、つらさが楽し、里帰り、若葉のあなた、桃の咲く家」という歌です。
この作者は明治十七年長崎県浄土宗浄福寺で生まれ、東大卒、慶応大で教鞭をとり、お念仏の布教に邁進し九十一歳で往生された浄土宗の高僧であります。
猊下が何故里帰りの和歌を度々引用されるのか字面からは不思議に思っておりました。
同じ言葉でも受け止める人の器によって、異なったおもむきとなります。
男女の別、若い時と老いた時、人生経験などにより器はそれぞれ異なり、一人の人でも時の経過により器は変化して行きます。
したがって、この歌は結婚した女性には、正に活字通り、幼き時代の懐かしき我が故郷、我が家と憶い浮かべさせるでありましょう。
又、進学、就職等で故郷を後にした人達にとっても同様に望郷の念を呼び起こすでしょう。
しかし、この和歌の作者は男性で高僧となると「里帰り」という字面以上の思いを詠まれていると感じるのです。
この歌を「求めるものは苦しみの向こうにある。苦は楽の種、努力すれば目的が達成できる。」と受け止めると一層味わいのある和歌になります。
困難から逃げず、真正面から、向かっていこうとする勇気を与えてくれます。
さらに卆寿の猊下がこの歌を引用された御心境を拙僧の母のふとした状況から拝察することができました。
この歌がお念仏を勧めて九十一歳まで生きた浄土宗僧侶の思いとすれば、歌の中の「里帰り」は正しくお浄土に往生する喜びであり、作者遷化のお年を迎えられた猊下が共感をお持ちになり度々引用なされたのは当然のことと理解できるようになりました。
この歌は広い世代に勇気と感銘を与えてくれます。
お念仏を唱える中にこのような心が育てられることはこのお二人の共感が明白に示してくださっている。
安らかで豊かな心を育てるために、どうぞ、みなさまも毎日手を合わせてお念仏をお唱えください。
同唱十念
担当幹事