今月の法話

平成29年7月

心理的パラドックス

セミの声が俄かに大きくなったような気が致します。梅雨明けも間近となり本格的な夏がやってきます。
ちょうどこの頃、『奥の細道』で有名な松尾芭蕉は、山形県の立石寺でこのような句を詠んでいます。

閑さや 岩にしみ入る 蝉の声

「閑さや」という語と「蝉の声」との対比が面白く、真逆の情景を思い浮かべる言葉ではありますが、音が聞こえないから静かなのではなく、蝉の声が聞こえるから静かだと芭蕉は考えたのです。

ちょうど大きな一枚の白い紙に、一点の墨を落としましょう。墨のおかげで、ただの白い紙よりも一層その白が浮き上がるように見えますね。一点の黒によって、白がより意識できるのであります。いわゆる心理的なパラドックスです。この人の世界も、やがて訪れる人生の終焉を見つめてこそ、ものの本質や本当の価値あるものが頂けるのではないでしょうか。

そもそもパラドックスとは、「定説に逆らうもの」という意味の言葉が語源だそうですが、正(まさ)しくこの句は、騒がしい「蝉の声」を歌う事によって、一層の静けさや、何か現実離れした世界を人の心に伝えたのでありました。

極限られた人のみが仏となる、定説の覚りの仏教を翻し、ただお称えする南無阿弥陀仏の一行、つまりすべての者が必ず阿弥陀仏の本願力のお念仏によって、仏とならさせて頂く救済の仏教をお勧めいただいた方こそ、我が元祖法然上人なのであります。
梅雨の雲が吹きはらわれて夏の青空が広がるように、お念仏の本願力によって、蝉の鳴きしきるこの現実世界の向こう側に、安楽な浄土が姿を現わすことでしょう。

一層のお念仏精進に努めてまいりましょう。

合掌

滋賀 西福寺
稲岡純史

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