今月の法話
願い
滋賀県出身の人間国宝で、文化勲章受章の染色家志村ふくみさんの嵯峨の工房を訪ねた大岡信氏の随筆の中でのこと。はなやかなピンク色の美しい染め物を手にした筆者は、沢山の花びらで染めたものだと判断。ところが志村さんから、今まさに咲かんとする桜の木の皮の樹液で染めたものと教えられ驚く。あのゴツゴツとした褐色の木皮から、燃えるような美しいピンク色を想像できようか。
桜の木は、美しい花を咲かせるために、根や幹や葉のすべてが一年中大地から養分を吸い上げて、わずか一週間の花のために懸命の活動を続けている。仏教詩人の坂村真民氏も「見えない根たちのねがいがこもって あのような美しい花となるのだ」(「ねがい」)と賛美しておられる。
近年、子供の虐待死やいじめによる痛ましい自殺が報道される。それに至る心の悩みを察する時、亡くなった子供の周りの人達がその子の命と真剣に向かい合わなかった。その命に対する畏敬の念の軽さに心が痛む。
私たちのこの命、桜の花と同様で両親をはじめ多くの見えないご先祖たちの尊い願いや祈りが結集して、この世に送られてきた大切な命であります。命ある限り精一杯生き、輝かねばなりません。
しかし、人は愚かで弱いもの、苦境に泣くことだってあります。法然上人は、煩悩にまみれた愚痴無知の凡夫であるという自覚の上に、そのような者が平等に救われる道を長年にわたって求め続けて下さり、お念仏の道を見出して下さったのであります。
無限の命(無量寿)、無限の光(無量光)で私たちを包んで下さっている阿弥陀如来さまにおすがりをすることであります。「阿弥陀さま、よろしくお願いします」と阿弥陀さまを信じ、阿弥陀さまにすべてをお任せする。「南無阿弥陀仏」とお念仏を口に称え、お念仏の中に阿弥陀さまと共に歩むことができれば、道は必ず開けてくるものと信じます。阿弥陀さまは、そのようなあなたを決してお見捨てにはなさいません。どうぞ大切な命、前向きに一生懸命生きぬいて桜のごとき花を咲かせましょう。
合掌
滋賀 報恩寺
吉水玟麿